●祈年祭 きねんさい
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トシゴヒノマツリとよむ。トシとは穀物のことをさし,穀物の豊穣と国家の安泰とを祈る祭りという意味である。起源については『古語拾遺』に,大地主神(おおところぬしのかみ)が御歳神(みとしのかみ)のたたりをおそれて,穀物の豊作を祈ったという伝承をはじめ各種あり,天武天皇のときに官祭となった。『延喜式』によると,その祭るところの神は全国では3,132座,2,861カ所,いかに盛大な祭りであったかが知れる。しかし律令体制の弛緩に伴い衰退して,神祇官で祭りを行い,幣帛を頒っていたのが,一部は国司の事務となり,応仁の乱以後は廃絶した。復典は1869年(明治2),2月4日宮中で頒幣の儀あり,17日宮中三殿の祭典,神宮には勅使がたち,全国の官国幣社では大祭の儀として行われた。戦後は国家的祭典としての本祭は消失し,春祭りの形をとる。神宮では古儀を維持する。〔参考文献〕阪本健一『明治神道史の研究』1978,国書刊行会