●絹織物業(日本) きぬおりものぎょう
アジア 日本 AD
絹織物は中国から伝わり,奈良時代には織部司,平安時代に入って大舎人が貴族・僧侶などの使用する高級織物を製織してきた。その後,京都西陣を中心地とし,中国からの輸入生糸の割当を受けて江戸幕府に保護され高級衣料の生産を独占。1730年(享保15),西陣には7,000台余の高貴織機が存在していた。国内の養蚕業の発達と農間余業の農村工業の増加につれ,諸国に絹織物産地が生まれ,西陣の独占が崩れてきた。近江の縮緬,丹後の絹,加賀絹,川越・八王子・秩父など関東の絹のほか,桐生・足利をはじめ,上州・岩代など各地に特産地が生まれ,これらの経営は,問屋制家内工業・小営業段階と呼ばれる形態が多く,商業資本による支配が強かった。明治以降,絹織物は国内市場を主とし,中小企業的経営が多かった。明治10年代には力織機が導入されたが,上からの大工業の急速な機械化にもかかわらず,絹織物業における機械化は進まなかった。
![]()