●ギニア共和国 ギニアきょうわこく
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Republic of Guinea 西アフリカの西部大西洋岸にあり,面積24万5,857平方km,人口650万人(1996),首都はコナクリ。18世紀初頭にこの国内のフータ=ジャロン山地に,フラニ族の国家が成立していたが,19世紀にフランスが交戦ののちにこの地域を占領し,1891年にフランス植民地となった。しかし,反フランス運動は20世紀になるまで続いた。最初は農業植民地であったが,第二次世界大戦後ボーキサイトや鉄鉱石の開発が始まり,労働組合が強力となり,その指導者セクー=トーレがギニア民主党という社会主義政党を結成して,独立運動を始めた。セクー=トーレはガーナのエンクルマに協力して,パン=アフリカニズム(アフリカ団結)運動による全アフリカの独立を主張した。1958年,フランスのド=ゴール憲法に関する住民投票のさい,フランス共同体内の自治国の地位を,ギニアだけは拒否して独立を達成し,セクー=トーレが初代大統領に就任した。ド=ゴールの意志に反して独立したため,フランスや西欧諸国との経済関係は悪化し,ボーキサイト採掘とアルミナ生産に,アメリカなどが協力した以外は,ソ連や東欧共産圏諸国との経済関係を強化せざるを得なかった。1966年にセネガルからのセクー=トーレ打倒未遂事件,1970年のポルトガル領ギニア(今のギニア・ビサク)からの奇襲部隊によるコナクリ攻撃事件などがあっだが,セクー=トーレ政権は安定しつづけた。1977年には断交していたフランスと和解し,1978年にはリベリアでの首脳会議で,セネガルやコートディボアールとも和解した。その後は非同盟主義の立場で,東西両陣営の諸国と友好的な関係を維持し,政治的に安定している。セクー=トーレ大統領は1984年に日本を訪れる予定であったが,その訪日が実現する前に急死した。