●喫茶養生記 きっさようじょうき
アジア 日本 AD
栄西(えいさい・ようさい)が1141〜1215(永治1〜建保3)に著した医学の害。上下2巻。上巻では茶について,その名称(表記)・樹形・効能・茶摘・調製を述べる。養生とは,五蔵を健全に維持することだが,五蔵の好む五味(酸・辛・苦・甘・鹹(かん))のなかで,とくに心臓を強くする苦味が摂取しにくいので,苦味を補給する茶を飲むことが必要と説く。下巻では,飲水病・中風・不食病・瘡病・脚気の5種の疾病をあげ,いずれも桑によって治癒させうると説く。桑粥・桑煎湯・桑木の屑を酒に入れ,桑木を口に含むなどの方法である。この書が別に「茶桑経」と呼ばれるゆえんである。栄西は,1168年(仁安3,28歳)と1187年(文治3,47歳)の両度,中国に渡るが,とくに2度目は滞留も6年に及び,臨済宗黄龍派の虚庵懐敝の法を嗣いで帰国,1195年(建久6,55歳)に博多に聖福寺を創建する。栄西が携帯した,茶種子は,平戸冨春庵・背振山・聖福寺などで植栽され,伝播した。このことは,同時に宋代の抹茶法による喫茶文化の普及であり,抹茶が禅宗の渡来と組み合わされて招来したことは,わが国の喫茶文化に大きな影響を与えることになる。写本として,寿福寺本・多和文庫本・史料編纂所本があり,江戸時代開板の印刷本として,建仁寺本・群書類従本・銭屋惣四郎本がある。なお,1214年(建保2,74歳)の2月4日,将軍実朝に茶を奨め『茶徳を誉むる所の書』を献じている(『吾妻鏡』)が,この書をただちに『喫茶養生記』とできるか議論がある。また抹茶であるとしても茶筅の使用を明記していないことが注意される。〔参考文献〕熊倉政男『鎌倉の茶』1948,河原書店
森鹿三『茶道古典全集・第二巻』1958,淡交社
林左馬衛・安居香山『茶経付喫茶養生記』1974,明徳出版社
鎌倉同人会編『寿福寺本・喫茶養生記』(影印・随想集)1979,かまくら春秋社
![]()