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●魏徴 ぎちょう

AD580 

 580〜643 中国,唐初の政治家・諫臣。曲城(山東)の人。字は玄成,諡は文貞。幼少より大志をいだき,道士となったこともあったが,読書を好み多くの書物に詳しかった。李密が唐に帰伏するのに従い,隠太子李建成の洗馬に就任した。玄武門の変(626,武徳9)以後は李世民(太宗)に仕え,抜擢されて諫議大夫となった。628年(貞観2)に秘書監に移って朝政に参預し,633年(貞観7)王珪に代わって侍中に就任,642年(貞観16)には太子太師に拝された。風采はあがらなかったが胆力があり,太宗の怒りが激しいときも顔色ひとつかえずいさめつづけたという。彼はまた『北周書』,『隋書』,『梁書』,『陳書』,『北斉書』の編纂事業に携り,自らは『群書治要』50巻を著した。詩に『述懐』1編,文集に『魏鄭公文集』3巻がある。また呉競撰『貞観政要』にも彼の発言がしばしばみられる。