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●魏忠賢 ぎちゅうけん

アジア 中華人民共和国 AD 

 ?〜1627(天啓7)中国の明末の宦官。河北の粛寧県の人。万暦年間,賭博に負けたのに発憤し,自宮して宮中に採用された。天啓帝の乳母客氏と結んで皇太子時代の天啓帝の寵を受け,帝の即位後には文盲なのにもかかわらず司礼秉筆太監に抜擢された。ときに政府内部の東林党反東林党の抗争では東林党の官僚が優勢を占めていたため,反東林党は急速に勢力を得てきた魏忠賢に接近することにより反撃をはかった。そこで東林党は1624年(天啓4)に魏忠賢の24の大罪を挙げてその追放をはかったが,魏忠賢は帝に泣きついて危機を免れた。ついで魏忠賢による東林党人士に対する執拗な弾圧が開始され,東林党は一時壊滅的な打撃を受けた。以後,魏忠賢は内外の政治を一手に握り,その生祠が建てられるほどの権勢を誇ったが,天啓帝の死と崇禎帝の即位によって失脚し,鳳陽に流される途中で自殺した。