●旗地 きち
アジア 中華人民共和国 AD
中国の清代に旗人に支給された土地。清朝はいわゆる八旗として満州の統一と中国征服の原動力となった旗人に対して,満州時代から土地を支給していたが,北京遷都による多くの旗人の移住に伴い,あらためて彼らに生計と体面を維持させるため,北京周辺の土地を旗地として支給した。これらを畿輔旗地,満州の藩陽付近のものを盛京旗地といい,吉林・黒龍江や八旗が駐防する各省にもその他の旗地があった。とくに畿輔旗地には明の王侯・宗室・勲臣の土地や荒れ果てて無主となった土地をあてたが,やがて漢人の所有地にも及び,また税役免除のため身を寄せる漢人がいたりして,紛糾を生じるようになった。さらに旗地にはすべて入質・転売の禁止などの規則があったが,支給法の不備や旗人の経営の拙劣さ,漢人の進出などのために,いずれも維持することが困難となり,種々の対応策がたてられたが効を奏せず,中期以後になると急速に崩壊のみちをたどるようになった。