●キダーラ
アジア 中華人民共和国 AD
中国の文献には寄多羅とある。5世紀にクシャン朝を再興させた王朝の建設者およびその王朝名。その所領バクトリアからガンダーラまでで,ほぼクシャン朝の中核部にあたる。キダーラの民族や年代については多くの論があるが,その全盛期は4世紀でなく5世紀とされる(榎一雄説)。銀貨にKidara,Kusanasaの銘をもつものが発見されているので,キダーラはおそらくクシャン王朝の一族か,クシャン民族の有力者であったと思われる。『魏書』西域伝によれば,キダーラ王は薄羅(バルフ)城に都し,王はきわめて勇武で,大山(ヒンドゥクシュ山脈)をこえて南侵し,ガンダーラ以北の5国を征服し,富楼沙(ペシャワール)城にはその子をおいて守らせた(大月氏および小月氏国条)という。バーミヤンの大仏群を造営したのも,キダーラ朝時代かそのやや後と考えられている。5世紀中ごろエフタルに攻められてまずバルフを棄てたが,ガンダーラには477年まで残存していたと思われる。