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●北村季吟 きたむらきぎん

アジア 日本 AD1624 江戸時代

 1624〜1705(寛永1〜宝永2)江戸前・中期の和学者・俳人。近江国野洲郡祇王村北村(現,野洲町)出身。医師北村正右衛門正元(宗円)の子。通称久助,七松子・拾穂軒・湖月亭・蘆庵と号した。京都に出て貞室に学び19歳で松永貞徳に入門,24歳で俳諧季寄「山の井」を刊行,貞門の俊秀と目された。30歳貞徳の死にあい飛鳥井雅章・清水谷実業に就いて歌学を修めた。多くの註釈書を著し1661年(寛文1)『土佐日記抄』,『伊勢物語拾穂抄』,1674年(延宝2)『源氏物語湖月抄』,以後『徒然草文段抄』,『枕草子春曙抄』,『万葉集拾穂抄』など,堂上和学の成果を集大成し,平明な註によって古典の復興と民衆化に貢献。1683年(天和3),京都新玉津島神社の社司となったが,1689年(元禄2),子の湖春とともに幕府の歌学方となり,法印に叙され再昌院号を賜った。俳諧も貞門の七俳仙と称され門下から松尾芭蕉・山口素堂らが現れた。