●北畠親房 きたばたけちかふさ
アジア 日本 AD1293 鎌倉時代
1293〜1354(永仁1〜正平9・文和3)南北朝時代の公卿。権大納言師重の子に生まれ,後醍醐天皇に抜擢され,32歳で大納言となり,皇子世良親王の養育に当たった。1330年(元徳2),親王の死とともに出家し,政界を退いた。しかし建武の新政成立後再び出仕し,1333年(元弘3),長男顕家(あきいえ)の陸奥守就任により,ともに陸奥へ下ったが,新政の挫折後足利尊氏の反乱軍を追って上滑,そのまま京都にとどまって国政に参加した。1336年(延元1・建武3),尊氏により光明天皇が擁立されると,後醍醐天皇を吉野に迎え南朝を開き,北朝・幕府と対抗した。1338年(延元3・暦応1),東国を回復すべく義良親王に従って常陸小田城に入り,北軍と戦うが,結局は失敗して1343年(興国4・康永2),再び吉野へ戻り,南朝の中心となって活躍した。小田城中で執筆したのが『神皇正統記』『職源抄』である。その後いったん京都奪還を果たしたものの(1351)続かず,失意のうちに没した。
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