●北ドイツ連邦 きたドイツれんぼう
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD
1866〜70 普墺戦争後,プロイセンを中心にマイン川以北の22諸邦国で組織された連邦国家。ドイツ帝国の成立(1871)は,この連邦に南ドイツ諸邦国が加盟することによって実現。プロイセン王が連邦首長となり,宰相はビスマルクが就任。連邦首長は文武官の任命権,軍統帥権,議会の開・閉・停会権,条約締結権などをもつ。連邦議会は男子普通・直接・秘密選挙によって選出され,法律の議決権や予算審議権などを与えられたが,法律の最終決定権は連邦参議院に握られていた。連邦参議院は国民の選挙によって選出されるのではなく各支邦政府の代表によって構成された。北ドイツ連邦の憲法体制は,君主主義原理と議会主義原理,およびプロイセンの優越と支邦強化という矛盾し合う諸原理に立脚していた。〔参考文献〕山田晟『ドイツ近代憲法史』1963,東京大学出版会
望田幸男『ドイツ統一戦争』1979,教育社