●北畠顕家 きたばたけあきいえ
アジア 日本 AD1318 鎌倉時代
1318〜38(文保2〜延元3・暦応1)『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』の著者北畠親房(ちかふさ)の長子。南北朝時代の武将。4歳で叙爵し,14歳のときには参議・左中将となる。後醍醐天皇の北山行幸のおり,花の宴で「陵王(りょうおう)」を舞い,人々を驚かせたとされている(『増鏡』)。1333年(正度2・元弘3)には,陸奥守となり,義良(のりなか)親王を奉じ,親房らと奥州にむかう。1334年(建武1),勲功により従二位となるが,翌年におこった北条時行の乱を契機に,足利尊氏(たかうじ)が叛をくわだてた。鎮守府将軍となった顕家は,尊氏を求め京に上り,1336年(延元1・建武3)正月,新田・楠木の諸将と協力し,尊氏を西走させた。しかし尊氏の再起により,天皇は吉野に遷幸することとなり,再び顕家は上洛し,尊氏方の軍勢と戦うこととなる。この戦さのなか,21歳の若さで亡くなる。