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●貴族政 きぞくせい

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 本来の意味は「最善なる者」の支配。ギリシア人の一般的な国制分類のうえでは少数支配に属し,アリストテレスの『政治学』では貴族政の不正な形態は寡頭政といわれている。前9世紀か前8世紀と考えられるテセウスによるアテナイの集住は,村落的集団から都市国家への移行を意味する。原始王政の衰退と貴族政の出現はこの移行と無関係ではなく,集住は支配階級としての貴族の成立を前提とする。氏族制は貴族のあいだにのみ存続し,フラトリア=ゲノスといった原始から存続した制度も貴族支配の基盤を形成していたと思われる。ホメロスの時代には,王の権力は貴族によって制限されていた。貴族は騎士として戦い,一騎打ちの戦術を尊重していた。しかし,前8世紀の後半ごろからの社会的・経済的変動は従来の非貴族身分の台頭を促した。ソロンの改革によって農民級を母体とした重装歩兵は,密集戦術によって貴族の一騎うちの戦術に対する圧倒的優越を示した。以後,貴族政はクレイステネスの土地改革をへて,前5世紀にエフィアルテスペリクレスとともに,アレイオス=パゴスの評議会の重要な権能を500人評議会・陪審法廷・民会に移したことによって,最後の拠点を失った。