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●義荘 ぎそう

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 中国の宋代にあたる11世紀以後みられた相互扶助的な一族共有の土地施設。「義」は無料・奉仕を意味し,義田ともいう。中国では宋代に入って同族の結集力が強まり,その物的基盤として義荘や祭田が設けられ,その小作料によって同族を扶養,子弟を教育し,祖先の祭祀を行い,その他の経済的な福利をはかった。『初定規矩』によれば,5歳以上の男女に白米一人1升を給し,婚姻に際しては嫁ぐ女に銭30貫,妻を迎える男には銭20貫を与え,また科挙に応ずる者や葬式にも援助を与えたという。1050年(皇祐2)范仲淹が同族に土地を与え,蘇州につくった范氏義荘がはじまりと伝えられる。当時の中国では,同族内のまとまりが強く,義荘はそれを反映するもので,この共同の土地所有はそのことを可能にする生活的な基盤となった。義荘は,揚子江流域以南の広東・福建地方に多く,華北には少なかった。だが,後世この族田支配をめぐる腐敗もしだいに多くなり,1949年,人民共和国が成立し,新しい政府の土地改革によって,共同体的所有というような諸関係のほとんどが解体のやむなきにいたった。