●義浄 ぎじょう
アジア 中華人民共和国 AD635 唐
635〜713 唐代の学僧。斉州(山東省歴城県)の人。俗姓は張氏。字は文明。若くして出家し,法顕や玄奘が求法のためインドに赴いたことを慕い,671年(咸享2)37歳のとき,死を覚悟して広東より海路インドに赴く,25年にわたってインドに潜在し,那蘭陀寺で仏教を学び各地の仏跡を巡礼した。梵本仏典400部などを得て海路帰朝,695年洛陽にいたった。則天武后は彼を崇重し,仏授寺でもち帰った経典の翻訳にあたらせ,三蔵の号を賜与した。その後洛陽の福光寺・長安の西明寺に遷り,706年(神龍2)には勅によって置かれた大薦福寺の翻経院に遷って仏典訳出につとめた。また彼は律の規範を弟子に教え,長安・洛陽に伝昌した。大薦神寺にて没す。著書のなかで『南海寄帰内法伝』4巻・『大唐西域求法高僧伝』2巻は,当時の東南アジアの仏教事情,インドの仏教教団や社会事情などを知るための貴重な文献である。