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●岸内閣 きしないかく

アジア 日本 AD1957 昭和

 1957年(昭和32)2月25日〜1960年(昭和35)7月19日 石橋湛山内閣が首相の病気で総辞職したあとをうけて,臨時首相代理岸信介外相が就任,1958年6月に第2次内閣を組閣した。日米関係の改善・東南アジアヘの進出に政策の重点をおく一方,教員勤務評定の全国的実施・警察官職務執行法の改正(国民的反対運動によって廃案)など強権的政治をすすめた。日米関係では,財界から藤山愛一郎を外相に起用,アメリカの要求する安全保障条約の改定に全力をあげ,1960年1月には渡米して共同防衛をうたった新条約に調印した。国内では,警察官職務執行法反対闘争についで日米安全保障条約の改定に反対する闘争が,社会・共産両党および総評などが中心になり国民会議を結成して組織的計画的に取り組み,苦境に立たされた。とくに1960年5月19日,自民党が単独で強行採決後は,反対運動は空前の規模に達し,内閣総辞職を求めた。条約批准案を自然成立させ,批准書交換後ようやく総辞職を表明した。

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