●魏源 ぎげん
アジア 中華人民共和国 AD1794 清
1794〜1856(乾隆59〜咸豊6),清末の官史・公羊学者。湖南省出身。字は黙深。1822年(道光22)挙人,1844年進士。客地の知州をつとめ,官吏としては地方官で終わる。太平天国軍とも交戦している。学問の方面では,清朝社会の衰運と西欧資本主義の進出という二重の危機のなかで,公羊学を学んで経世実用と歴史に興味をもつ。そして朱子学や考証学を批判,原始儒教に迫ろうとする。学問はすべて経世に役立つべきであるとする経政致用を主張。キョウジチン※注1※や林則徐らの宣南詩社に参加。学問的方法としては,具体的諸問題を発展的・歴史的にとらえる方法をとった。1842年アヘン戦争を契機とする国家的危機には時勢を憂い,『海国図志』で近代軍備と生産方法・西洋事情の紹介をなし,『聖武記』では清朝の盛衰を鮮明に描き,当時の中国・日本の知識人に影響を与えた。学問的には19世紀末,康有為の変法自強の思想の先駆をなすものといえる。
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