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●キケロ

ヨーロッパ ヨーロッパ BC106 

 前106〜前43 古代ローマ共和政末期の雄弁家・政治家・散文家。ラティウム地方のアルピスの騎士身分の出身。ローマで哲学と法律を学び,20代半ばに弁論家として世に出たが,過労で倒れ,前79年から2年間アテネとロードス島に遊学。帰国後,政界に入り諸官職を歴任し,前70年に前シチリア総督ヴェレス弾劾に成功して名声を確立,前63年に執政官職についた。このときカティリナの陰謀を未然に摘発し,国父の尊称を得た。三頭政権に対し共和政主義者として反対したため,しだいに政治活動を封じられ,やむなく著述生活に入った。カエサル暗殺後は,反アントニウスを選び,そのためまもなく暗殺された(前43)。主としてギリシア哲学を紹介した道徳哲学的著作,800通におよぶ書簡,58の演説など多数の作品が残されている。思想的には,アカデミア学派とストア学派の折衷で,独創性には乏しいが,ギリシア思想のローマ移入に果たした役割は大きかった。彼のソクラテス流の文体はラテン散文の範とされ,19世紀までのヨーロッパ文学に著しい影響を及ぼした。