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●菊池氏 きくちし

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 九州肥後の豪族。初代則隆から22代能運(よしゆき)までの系図をもつ。初代則隆の先代政則は,1019年(寛仁3)刀伊の入寇に功をたてたとされるから,それに先だつ平安中期ごろから,肥後菊池を本拠に在地領主として勢力を張ったものとみられる。6代隆直は肥後権守・在国司をつとめ,源平の争いでは平氏方につき勇名を馳せ,10代武房は元寇の役に軍功をたてた。以後,承久の乱では京都方に従い,元弘の変には朝廷側についた。12代武時は,鎮西探題北条英時を博多に攻めるも討死,南北朝になると武時の子,13代武重・14代武士・15代武光ら3兄弟は九州南朝勢力の中心として活躍した。

 室町時代にその勢力は衰退するが,17代武朝は肥後国守護職に任ぜられ,代々能運までつづくが,戦国期にいたり大友義鎮に滅ぼされ,1533年(天文2)家系の正統を失った。能運の末裔は日向国米良に落ち,米良姓を名乗るがのち菊池姓に復し,明治に華族となる。