●祇園信仰 ぎおんしんこう
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防疫神の牛頭天王に対する信仰。『祇園牛頭天王縁起』によると,南海に赴こうとした祇園精舎の守護神牛頭天王が,途中,日が暮れたために宿を借りようとし,歓待してくれた蘇民将来の善意を褒めて,以後,蘇民将来の子孫を疫病から守ることを約束したという。この神話は奈良時代から平安時代にかけて流布し,芳輪をつくって「蘇民将来之子孫」の札を身につけることにより,疫病が免れるとした。牛頭天王の名は,熱病に効く栴檀香を産する天竺の牛頭山と関連があり,それへの信仰は新しい呪法と医術が大陸からもたらされたことと関連すると思われる。日本に招来された牛頭天王は,初め播磨の明石浦に垂迹し,のち広峰に移り,そののち,京郊の北白川に動座して,ついに感神院に祀られたと『二十二社註式』は伝える。そして日本の固有神道と習合して,牛頭天王は素戔鳴尊と同一視されるようになった。以後,祇園信仰の広まりとともに,祇園感神院は祇園信仰の中心となった。