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●咸陽 かんよう

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国陝西省中部の都市。西安の近郊にある。黄河の支流渭水の北岸。戦国時代,前350年(孝公1)に秦の孝公が都をおいたときに始まる。始皇帝にいたって拡張され,統一帝国の首郡として造営された。天下の富豪12万戸を移住させ,征討した列国の宮殿を模した建築物をたてるなど壮麗な都市が建設され,都市プランも壮大だったようであるが,秦滅亡時に焼きはらわれて詳細なことはわからない。前漢時代には渭城と呼ばれたが後漢時代に廃された。五胡十六国の前趙のときに復活し,前秦のときに咸陽郡をおいた。隋代に廃され唐代に復活したが,この間位置に変動があった。現在の市街は明の時代からのもので,秦代の咸陽より西に10km余り寄っており,西安近郊の一都市となっているが,工業都市としても発展しつつある。なお,秦の始皇帝の宮殿として有名な阿房宮の遺跡は渭水の南,西安市の西郊にあり,始皇帝の咸陽造営プランの雄大さを示す一例ともなっている。