●カンポ・フォルミオの和約 カンポ・フォルミオのわやく
ヨーロッパ イタリア共和国 AD1797 サルデーニャ王国
カンポ・フォルミオはヴェネチア共和国,ウディネの南西にある町。イタリア方面軍の総指揮官ナポレオンは1796年の夏から秋にかけてロンバルディアのオーストリア軍を破り,同地とモデナ公国・教皇領北部・リグリア(旧ジェノア)共和国・ヴェネト地方の一部を順次あわせ,1797年7月にチェザルピナ共和国を発足させていたが,10月17日,オーストリアのコベンツル将軍と結んだこの和約で以下のとりきめを行った。[1]ヴェネツィア共和国領の東半分と同市のオーストリア帰属と,オーストリアによるチェザルピナ共和国の承認。これと引き換えに,[2]オーストリア領ネーデルラント(ベルギー)とライン川以西の同国領土をフランスに割譲。この和約はナポレオンのイタリア経営の序盤をなすものであったが,この間,イタリアの統一を求める民族主義者の期待を早くも裏切り始めていた。