●元年者 がんねんもの
アジア 日本 AD1868 明治時代
1868年(慶応4〜明治1)ハワイに渡った日本人移民の称。出発したのは4月25日(陽暦5月17日)だが,同年明治と改元されたため,のちの移民からこの称がつけられた。一行153人は,横浜からサイオト号に乗船して,閏5月2日(陽暦6月19日)ホノルルに入港した。出港地横浜は外人居留地があるため,旧幕府から新政府への管轄替えが江戸城引き渡しより10日ほど遅れており,横浜に進駐した新政府の裁判所(当時は行政機関)は,旧幕府奉行所が発行の往来切手(渡航印章・旅券)を取り上げた。移民斡旋にあたっていたハワイ総領事ヴァンリードは,新政府に新切手の交付を求めたが,得られないまま出帆させた。ハワイの出稼人から虐待されているとの報もあって,明治政府は上野景範をハワイに派遣して,希望者は帰国させることになったが,申し出たのは40人で,あとは残留した。このハワイ日本人移民の草分けを讃えて,ホノルルに「明治元年渡航者之碑」がある。