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●広東政府 カントンせいふ

アジア 中華人民共和国 AD 

 中華民国時代に,孫文が北京政府に対抗して広州を中心に成立した半独立政権軍政府。政権の性質上つぎの3期に分けられる。[1]1917〜23 孫文らの革命的ブルジョワジーと西南軍閥との連合政権。護法軍政府,中華民国連合軍政府,中華民国政府,中華民国大元帥政府と四転した。[2]1923〜27 国共連合政権。“連ソ,工農援助容共”の政策がとられ広東政府はその政策を一変させた。孫文死後国民政府と改称,広東省を基地として北伐を開始,武漢に移転した。[3]1931〜32年の反蒋国民政府。南京政府成立後も広州は軍閥李済深・陳済棠のもとで半独立を保ったが,1931年春,広東・広西両軍閥の提携,5月汪兆銘を主班とする反蒋介石の広東国民政府が樹立した。満州事変によりこの政府は南京政府に合流したが,その後も広東の半独立はつづき,1936年7月の陳済棠の失脚に及んだ。ほかにも1948〜49年南京を追われた国民党政府が広州を臨時政府としたことがあり,これも広東政府と称した。