●関東大震災 かんとうだいしんさい
アジア 日本 AD1923 大正時代
1923年(大正12)9月1日午前11時58分,関東地方とその近辺におこった大地震の災害をいう。東京で観測した最大振幅は14〜20cmに及んだ。被害は,死者9万9,331人,行方不明4万3,476人,家屋の全壊12万8,266戸,半壊12万6,233戸,焼失44万7,128戸。山くずれ・崖くずれが多く,東京および横浜の被害が最もひどかった。しかし湘南地方・三浦半島・房総半島の南部などでは,つぶれた家の比率が最も大きかった。震源は,相模湾の北西隅付近(139.3゜E,35.2゜N)と推測され,マグニチュード7.8〜7.9の大きな地震であった。【震災の社会経済的影響】[1]損害総額は当時の金額で65億円と推算され,[2]朝鮮人暴動の流言で“朝鮮人・琉球人などの虐殺事件”[3]労働運動家の平沢計七や川合義虎らが軍隊に殺害された“亀戸事件”[4]憲兵大尉甘粕正彦が無政府主義者の大杉栄らを殺害した“甘粕事件(大杉事件)”などがおこった。関東大震災は,やがて昭和の軍国主義の幕があく前ぶれとなった。
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