●管仲 かんちゅう
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?〜前645(桓公41)春秋時代斉国の政治家。諱(いみな)は夷吾。字は敬仲。斉の桓公と公位を争った公子糾の輩下。鮑叔牙のとりなしで桓公に登用された。その具体的事蹟は必ずしも明白ではないが,『論語』がすでに桓公の覇業を管仲の功績に帰しており,春秋末期までには斉の国民的英雄と化していたことがわかる。管仲に仮託された『管子』86篇(今本は宋代以降に10篇をなくし76篇)を『漢書』芸文志は道家とし,隋・唐以降法家とするが,内容的には儒・兵をまじえた雑家というべきもので,実際的な政治思想を眼目とし経済を重視して具体的施策に及ぶ点は各篇に共通している。成立は戦国〜前漢の長期にわたる。ほかに「参国伍鄙」の制を記した『国語』斉語は『管子』小匡の原典と推定されるが,戦国時代までさかのぼることはできない。また『史記』封禅書には管仲の言として太古以来の封禅の沿革を記す。鮑叔牙との友情は〈管鮑之交〉の成語を生むにいたっているが,『史記』管晏列伝の逸話は信じるに足りない。
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