●ガンダーラ美術 ガンダーラびじゅつ
AD
インド亜大陸北西部のガンダーラ地方(現在のパキスタン,北西辺境州ペシャワール県)を中心に,かなり広域にわたって,1世紀から数世紀間に繁栄した仏教美術。この地方では,仏教は前3世紀アショーカ王の時代に伝えられ,侵入したギリシア人の王にまで信奉されるほど着実に普及し,各地に仏塔や僧院が建立されていた。一方,アレキサンドロスの東方遠征以来,バクトリア人などギリシア系民族の侵略によって,早くから西方文化との交渉もみられた。こうした状況のもとで,1世紀に進出してきたイラン系のクシャーナ朝とローマ帝国のあいだに交易が盛んになり,ヘレニズム・ローマ文化の流入が活気を滞びると,ここに仏教的な主題の表現にヘレニスティックな芸術様式・手法が導入された見事な混合美術が開花し,2世紀前半のカニシカ王の治世には,その仏教保護政策と相まって,ガンダーラ美術の黄金期が現出するにいたった。この美術の重大な特徴は,それまではまったく表現されなかった仏の像が,ギリシア神像の伝統にならって,歴史的・人格的な存在として表出されたことである。初期の石像彫刻ほどヘレニズムの影響が色濃く,後期の塑造彫刻にインド的特徴が顕著であるのは,むしろ自然であろう。6世紀初めに西方遊牧民エフタル族の侵略を受け,仏教寺院が徹底的に破壊されると,造型活動は衰退の一途をたどった。ガンダーラとほぼときを同じくして,北インドのマトゥーラでも仏像の制作が始まったとする説もあるが,一般には仏像の最初の出現は,ガンダーラと考えられている。いずれにせよ,仏典に記された仏の理想の姿として,32相82種好をそなえた仏像の原型が,ここを起点としてインドへ,あるいは中央アジアから中国をへて,朝鮮・日本へと波及したことは,仏教美術史上一大事件であった。