●韓世忠 かんせいちゅう
アジア 中華人民共和国 AD1089 北宋
1089〜1151年(元祐4〜紹興21)中国南宋初期の軍閥的武将の一人,対金主戦論者。字は良臣,陝西延安の人。18歳のとき応募して軍籍につき,以来,武勇をもって頭角を現した。宣和年間(1119〜25),方臘の乱で功をたて,平寇左将軍となった。ついで金軍の侵入に対して勇敢に戦い,建炎年間(1127〜30)の金軍の南下,また1134年(紹興4)の金斉連合軍の大挙南進に対して,淮南地方で勇戦し,中興の武功第一と称せられた。1136年(紹興6)京東淮東路宣撫処置使に任命され,前後10余年間楚州に駐在した。その間,金国も彼の武勇をおそれて,南宋を侵略しなかった。しかし武将としての権勢が増大し,また強硬な主戦論を主張したため,1141年(紹興11)和平論者の秦檜らの策略によって兵権を奪われ,貶斥された。これにより門を閉じて来客をことわり,2度と兵事を語らなかったといわれている。晩年は仏教・道教を信じ,自ら清涼居士と号した。