●韓信 かんしん
アジア 中華人民共和国 AD
?〜前196 中国,前漢初期の武将・淮陰侯。淮陰(江蘇省淮陰市南)の人。家は貧しかったが生業につかず,人に寄食していたので嫌われ者であった。淮陰の市中で屠殺に従事する少年の侮辱に耐えて,股の下をくぐった逸話がある。秦末の乱のとき,項梁・項羽の軍に参加したが,重用されなかったので,漢軍に加わった。蕭何の推薦で大将に任じられ,楚を攻撃する策を進言して受け入れられた。漢軍が彭域で敗れると,その危機を助け,楚の西進をくいとめた。のち,魏・趙・斉を平定して軍功をあげ,自ら求めて斉王に封じられた。たびたび漢への謀反をすすめられたが従わず,楚との決戦では,漢軍に協力した。漢の統一後,楚王にうつされ,前201年(高祖6)には,反逆の疑いをかけられ,淮陰侯におとされた。前197年(高祖10),チンキ※注1※の反乱がおこると,これに呼応して兵を挙げようとしたが,事をおこす前に通報され,呂后と蕭何の計略にかかり捕えられて殺され,三族ともみな処刑された。
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