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●勘合符 かんごうふ

アジア 日本 AD 

 明が来貢する船を統制し,正式の入貢船であることを証明するために諸外国に発行した割符。明は海寇(かいこう)を予防するために,1383年に暹羅(シャム)・占城(チャンパ)・真臘(カンボジア)などに勘合の制を定めたが,日本に対しては1404年(応永11)に足利幕府とのあいだに設けられた。これは倭寇と識別する必要があったためであろう。「日本」の二字を分けた日字号勘合百道(通)・本字号勘合百道・日字号底簿二扇・本字号底簿二扇が作製され,足利将軍には本字号勘合百道と日字号底簿とが送られた。日本船は本字号勘合を1号から順次所持して渡航し,浙江の布政司と北京の礼部とで底簿と照合された。割符は表面に朱墨で「本字壱号」のような文字が半印してある長方形の紙片で,裏面に進貢物件数・付帯貨物の数・正使以下の乗船者の数などが記入された。明皇帝の代替りのたびに送付されたが,応仁の乱後,大内・細川両氏の獲得争いなどによって乱れた。

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