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●顔杲卿 がんこうけい

アジア 中華人民共和国 AD692 唐

 692〜756 中国,唐の玄宗朝の忠臣。字はキン※注1※,諡は忠節。琅邪臨沂(山東省臨沂市)の人。『顔氏家訓』を著した北斉の学者顔之推の5代の孫にあたり,顔真卿は族兄弟である。父顔元孫の蔭で遂州司法参軍となり,性は剛直で吏才があった。開元年間(713〜741),魏州録事参軍となり,755年(天宝14),安禄山に認められてその支配下の常山太守となったが,同年11月,禄山が反乱をおこすと,平原太守であった顔真卿のすすめに応じて,杲卿は長史の袁履謙らとともに義兵をおこした。杲卿らは反将の蒋欽湊を殺し,欽湊の首とともに京師に送り,この功によって衛尉卿を加えられ御史大夫を兼ねた。その後も杲卿は奮戦したが,翌年1月,史思明が常山郡を攻め,衆寡敵せず袁履謙とともに捕えられて洛陽に送られた。禄山は杲卿を面責して忘恩をなじったが,杲卿は禄山の反逆を罵詈し殺されてしまった。粛宗の758年(乾元1),太子太保を贈られた。

〔参考文献〕『旧唐書』巻1・87下,『新唐書』巻1・92 顔杲卿伝

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