●桓温 かんおん
アジア 中華人民共和国 AD312 晋
312〜373(永嘉6〜寧康1)中国,東晋中期の軍人政治家。安徴省懐遠県西の人。字は元子。若いころから豪壮な性格で,18歳のときには国難に会って殺害された父桓彝(かんい)の仇を討った。その後,南康長公主をめとり,琅邪太守から徐州刺史に任ぜられ,345年(永和1)には江州刺史ユヨク※注1※の推挙により,翼の死後,都督荊・司・雍・益・梁・寧6州諸軍事・荊州刺史となって西府軍団を配下に収めた。桓温が政権内に勢力をもちはじめるのはこれ以後である。347年にはテイゾク※注2※の成漢を滅ぼし,ついで北伐に失敗した殷浩を失脚させ,北府軍団の実権をも掌握した。354年には関中へ侵入し,356年伊水で羌族の姚襄(ようじょう)を破って洛陽を奪回し,洛陽遷都を主張して朝野を驚かせた。この成功により大司馬・都督中外諸軍事となって建康政府の実権を握った。369年(太和4)には再度北伐を断行したが,前燕の慕容垂に敗れた。この北伐失敗により威信の回復にあせった桓温は当時の皇帝であった司馬奕(しばえき)を廃位に追い込み,簡文帝を立てて後日の譲位をねらったが,結局,謝安と王坦元に妨げられて果たせず,373年に失意のまま病没した。
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