●寛永通宝 かんえいつうほう
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江戸時代の銭貨の一つ。1636年(寛永13)初めて江戸の芝および近江坂本で鋳銭された。鋳造年代により銅・鉄・真鍮を材とし,重量・径に違いがあるが、表に“寛永通賓”の4文字を極印する共通点がある。寛永から万延元年まで24次にわたって鋳造され,一文銅銭・一文鉄銭・真鍮四文銭・鉄四文銭とその種類は数百種にわたる。貨幣経済史的には,慶長金銀と寛永通宝の発行によって金・銀・銭三貨併用の幣制が確立された画期的意義をもつ。江戸・水戸・仙台などのいわゆる八カ所通銭の確立は,将軍家光を頂点とする幕府の威光を全国にいきわたらせる政治的手段をももっていた。寛文を境に古寛永・新寛永の呼び名が付されるが,産銅の増加と,流通機構の発展があいまった寛文期までの寛永通宝は東南アジアでも最良の品質をもつものであった。元禄期には荻原銭が登場して劣悪化し,明和以降は鉄銭が主となる。銭相場はつねに一般庶民生活に影響し,その下落は彼らの生活をおびやかした。