●観阿弥 かんあみ
アジア 日本 AD1333 鎌倉時代
1333〜84(正徳2〜至徳1)南北朝期の能役者・能作者。名は清次。幼名観世丸,通称観世三郎。法名宗音。大和南部に本拠を置く山田猿楽の出身で,兄宝生太夫らと多武峯社に勤仕したが,新しく結崎座(観世座)を結成して,春日興福寺に参勤する大和猿楽四座の一つとした。田楽本座の一忠の演技を学びとったほか曲舞の乙鶴の教えを受けて,拍子の面白味を生かした小歌節曲舞を創出するなど,能の形成に寄与する。1372年(応安5)ごろ,醍醐寺清滝宮で7日間の勧進能を興行し,1375年(永和1)かその前年,当時12歳のその子世阿弥とともに,今熊野で将軍足利義満の前で演能して,能の地位を高めた。大男ながら演技力に優れ,児童の演技や優美な女能にも巧みで,広い階層の支持を得た。作品は,個性的な主人公や会話の面白さといった劇的性格のなかに,舞と謡の優美さを採り入れたところに特色をもつ。彼の作品には,『自然居士』『卒都婆小町』『通小町』『百万』『吉野静』などがある。
![]()