50音順    検 索

●川中島の戦い かわなかじまのたたかい

アジア 日本 AD 

 長野県更級(さらしな)郡の東北部で甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が1553年(天文22)以来,12年間にわたって交えた5回の合戦をいう。川中島は犀川(さいがわ)と千曲川の合流点にあり,北国街道(現・国道18号線)と西街道(現・国道19号線)の分岐点に位置し,交通の便もよく,軍事基地として優れていた。経済的にも豊かだったこの地をめぐって両軍の戦いは壮絶をきわめた。合戦は1553・1555・1557・1561・1564年にあったが,有名なのは1561年(永禄4)9月の大激突である。謙信は妻女山に,信玄は川中島を隔て茶臼山に布陣し,両軍の総勢は3万余りといわれる。9月2日未明,謙信の軍が信玄の軍を急襲し,川中島で大合戦となり,大将同士が刀を交える激戦であったが,結局,勝敗はつかなかった。この合戦は,歌舞伎では河竹黙阿弥の『川中島東都錦絵』に,浄瑠璃では近松門左衛門の『信州川中島合戦』となっている。