●河竹黙阿弥 かわたけもくあみ
アジア 日本 AD1816 江戸時代
1816〜93(文化13〜明治26)幕末〜明治初期の歌舞伎作者。5世鶴屋南北の門人で,はじめ勝諺蔵,のちに斯波普輔,1843年(天保14)2世河竹新七を襲名,1881年(明治14)隠退後,黙阿弥と称した。1854年(安政1)『都鳥廓白浪』(通称「忍ぶの惣太」)をきっかけに4世市川小団治と提携し,いわゆる白浪狂言を中心とする生世話作者として活躍することになる。1867〜81年(慶応3〜明治14)を全盛期とし,作者生活はその前後50年におよび,約360編の作品を残した。明治初期には,団・菊・左3名優のために名作を書き,文明開化の時流に合わせて活歴物・散切物などの新分野を開拓した。代表作には,『三人吉三廓初買』(1860,市村座)・『青砥稿花紅彩画』(1862,市村座)・『天衣紛上野初花』(1881,新富座)・『島鵆月白浪』(同上)などがある。門人に3世河竹新七・竹柴其水らがいる。1893年1月22日没,78歳,中野源通寺に葬られた。〔参考文献〕関根只誠編『名人忌辰録』1925,六合館
河竹繁俊『河竹黙阿弥』1961,吉川弘文館
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