●河上肇 かわかみはじめ
アジア 日本 AD1879 明治時代
1879〜1946(明治12〜昭和21) 経済学者。思想家。晩年の号は閉戸閑人。山口県の出身。東大卒業後,同大学農科大学講師となり経済学の研究をすすめ,1905年「読売新聞」に千山万水楼主人の名で「社会主義評論」を連載。一切の教職を辞して伊藤証信の無我苑に入り,利己と利他の矛盾を克服しようとしたが失望し離脱。読売新聞記者をへて1907年「日本経済新誌」を創刊。翌年京都帝国大学講師となり,再び経済学研究に専念し,1914年法学博士,翌年教授となる。留学後『貧乏物語』を発表した。1919年個人雑誌「社会問題研究」を創刊,このころからしだいにマルクス経済学の立場に転じ『資本論入門』『経済学大綱』などを著した。1928年大学当局の圧迫で辞職し,政治運動に参加することになった。1932年日本共産党の委嘱で「32年テーゼ」を翻訳し「赤旗」に掲載し入党。1933年治安維持法違反として下獄。獄中でもその主義を貫き通した。死後,『自叙伝』が刊行された。