●ガリア戦記 ガリアせんき
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カエサルが前58年から前51年にかけて行ったガリア遠征について記した書物。全8巻から成り,各巻に1年ごとの戦記を記している。カエサル自身が書いたのは前の7巻で,最後の第8巻は,カエサルの秘書長であったヒルティウスが,カエサル死後に書いたものである。前52年冬から前51年春にかけて,ガリアで一気に書きあげたものといわれている。あるいはそれぞれの巻が1年ごとにまとめて書かれていることから,ローマ軍の指揮官として,カエサルが毎年元老院に提出した報告として書かれたものではないか,ともいわれている。カエサルは軍人・政治家として著名であるが,同時に文筆家・雄弁家としてもすぐれた才能をもっており,キケロもその才能を賞賛しているほどである。文章は簡潔・明快であり,ほとんど間接話法のかたちでなされ,客観的な表現により自己の行動の正当化を行っている。『ガリア戦記』の内容の概略は次のとおりである。第1巻(前58),ガリアの地理の概略を述べ,ヘルウェティイ族(現在のスイス近辺の住民)との交戦とゲルマニアの一部族王アリオウィストゥスに対する勝利。第2巻(前57),ガリアの北方部族のベルガエ人や北方諸部族らに対する勝利と服属。第3巻(前56),ガリア全土でゲルマンの謀叛がおこり,その鎮圧のために東奔西走する。第4巻(前55),ガリアに侵入したゲルマニアの二部族(ウシペテス族とテンクテリ族)をせん滅してライン川を渡って初めてゲルマニアに遠征し,さらにブリタニアに渡る。第5巻(前54),再度ブリタニア遠征を行い,テムズ河近辺まで進軍,および北方諸部族の謀叛。第6巻(前53),ガリア諸地域への遠征と2度目のゲルマニア遠征,またゲルマニア人とガリア人の諸制度や風俗・習慣についての記述。第7巻(前52),ウエルキンゲトリックスを長とした全ガリア連合軍の謀叛とアレシア市の攻防とその勝利。【史料的価値】カエサルの『ガリア戦記』は,タキトゥスの『ゲルマニア』と並んで,古ゲルマンの社会状態を研究するのに貴重な史料である。しかしカエサルの記述は,ゲルマン民族のなかでもスウェビ族に関する知見が中心であり,しかも対ローマ軍との戦時体制にあった“半戦半農的体制”という非常時の“戦士的共産主義”的な社会状態を記したものであって,平時のゲルマン社会を知るには若干問題があるといわれている。またゲルマンとの戦いがいかに困難であるかを元老院やローマ市民に訴えようとして,ゲルマン人の未開性・野蛮性を過度に強調して,自己の立場を正当化しようとする政治的意図も作用している。タキトゥスの『ゲルマニア』との比較研究が大切である。
〔参考文献〕カエサル著,近山金次訳『ガリア戦記』岩波書店
増田四郎『西洋中世社会史研究』1974,岩波書店