●カラ=ハン朝 カラ=ハンちよう
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中央アジアにあったトルコ系イスラーム王朝。9世紀中葉,ウイグル王国崩壊後,その支配下にあったカルルク部族が独立してチュー川畔のベラサグンにおこしたといわれるが,その起源については不明な点が多い。10世紀中ごろ,サトク=ボグラ=ハン時代に初めてイスラームを受容して以来,諸ハンは“聖戦”を敢行し勢力を拡大した。10世紀末のイリク=ハン=ナスル時代には,西はマー=ワラー=アンナフルを制圧してサーマン朝を滅ぼし,東は仏教圏のホータンを併合してパミールの東西の“トルキスタン化”・“イスラーム化”を促進した。しかし11世紀中ごろ,内部抗争で国は東西に分裂した。東カラ=ハン朝は1089年にセルジューク朝に攻められ,1132年にナイマン朝のクチュルクに滅ぼされた。『クタドク=ビリク』が著され,新たなトルコ=イスラーム文化の萌芽がみられたのはこの王朝のときである。西カラ=ハン朝もセルジュークの支配下に置かれたのち,1141年カラ=キタイ朝に滅ぼされた。
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