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●ガポン

NIS諸国 ロシア連邦 AD1873 ロシア帝国

 1873〜1906 ロシアの僧侶,1905年革命のときの〈血の日曜日〉の労働者デモの引率者。ウクライナのポルタワ県ビェリャスキー地方の農民の子として生まれる。ポルタワ神学校,ペテルスブルク神学大学に進み,在学中よりトルストイ主義の影響を受け,工場街の伝道に力を入れる。大学卒業後,運輸刑務所の僧侶となり,1902年ごろより労働者の生活改善のため組合結成を志し,1903年末「サンクト=ペテルブルグ=ロシア工場労働者同盟」の組織を認可された。1905年初頭,組合員4人のプチロフ工場労働者の解雇に端を発したゼネストに際し,ガポンは1月9日(露暦),20万人の労働者の皇帝への請願デモの先頭に立ち冬宮前に向かったが,デモ隊は官憲と衝突し,多数の死傷者を出した。ガポンはパリ・ロンドンに亡命,1905年末帰国したが,1906年3月末,エス=エル党員に暗殺された。彼は秘密警察のスパイで,労働者運動を政治運動から切り離す指令を帯びていたという説もある。