●ガーハダヴァーラ朝 ガーハダヴァーラちょう
アジア インド AD1090 後期シャールキヤ朝
1090〜1194 インド北部のヒンドゥー王朝で首都はカナウジ。プラティハーラ朝がアフガニスタンのトルコ系イスラーム王朝であるガズニー朝のマフムード(在位998〜1038)の侵入によって滅亡したのちに分立した小王朝の一つ。ゴール朝の創立者チャンドラデーヴァの孫ゴーヴィンダ=チャンドラ王(在位1100〜60)のころに繁栄を回復した。その孫ジャイチャンド王はイスラーム教徒からインド第一の王とたたえられた。1192年,ムハマンド=ブーリーの侵入に対して自分の娘がプリトヴィーラージ王と恋愛結婚したのを怒ってこれを見殺しにしたが,1194年には自分がムハマンドの攻撃を受けて敗死するはめになった。その結果,数年にして東インド全体がイスラーム勢力に占領され,全インドのイスラーム支配の基礎をつくった。イスラームのインド侵入・支配の混乱期の北インドに存在した弱小王国の一つ。