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●狩野永徳 かのうえいとく

アジア 日本 AD1543 室町時代

 1543〜90(天文12〜天正18)安土桃山時代の画家。狩野松栄(直信)の長子。彼は祖父元信の指導を受けて画才をのばし,すでに1566年(永禄9)24歳のとき,大徳寺聚光院客殿の襖絵「花鳥図」「琴棋書画図」を描いている。その力動感あふれる新画風が,新興の覇者織田信長の好みにかない,彼の寵顧を受けた。1574年(天正2)に信長が上杉謙信に贈った「洛中洛外図」屏風(上杉家蔵)をはじめ.信長の構築した安土城の天守閣などの襖絵を描いた(『信長公記』)。信長の死後は豊臣秀吉に重用され,大坂城・聚楽第・皇居の障壁画制作に一門を率いて活躍したが,1590年9月,皇居の襖絵制作の途中48歳で急死した。彼の作品の多くは,建物とともに消滅し,確実なものとしては宮内庁蔵の「唐獅子図」屏風,東京国立博物館の「許由・巣父図」双幅などがあるにすぎない。力強い筆致と濃彩で,巨大な装飾画を描いた彼の画風は,安土桃山時代の好尚によく投じて,当代画壇の主流となり,長谷川派そのほかの画派にも強い影響を与えた。