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●懐良親王 かねよししんのう

アジア 日本 AD1329 鎌倉時代

 1329〜83(元徳2〜弘和3)〈かねなが〉とも読まれている。後醍醐天皇の皇子,征西将軍宮。1338年(延元3),征西大将軍に任ぜられ,九州の官軍を率いて京都を回復すべき使命を帯び,まず忽那島に赴いて九州入御の準備に3カ年を送って1342年(興国3)薩摩に上陸,肥後入御の準備に6カ年を過して1348年(正平3)菊池にいたり,菊池武光に奉ぜられて各地を転戦し,大友・少貳氏を下し足利氏の代官一色範氏を九州より没落させて九州を征圧し,1356年(正平11)東上を企てたが,大友・少貳氏の離反により挫折した。1361年両氏の連合軍を撃破し,少貳頼尚を九州から追い,在所を大宰府に移して九州全土を支配,1369年再び東上の計画を進めた。明の太祖の無礼な国書を拒否したのもこの年である。しかし1371年,今川了俊九州探題として九州に入ってのち菊池武光が死去し,親王は高良山に退き,さらに菊池に退いて1375年(天授1)職を良成親王に譲り,筑後矢部に引退した。

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