●カニング
ヨーロッパ 英国 AD1770 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1770〜1827イギリスの政治家。イートン校・オックスフォード大学に学んだ。初めウィッグ党に所属したが,フランス革命の進展につれて保守化し,ピット(小)の知遇を得て1793年トーリー党員として下院に入った。ピット内閣の下で1796年から外務次官,1799年からインド監督局委員,1800年から主計長官を歴任した。第2次ピット内閣では1804年に海軍主計長官になった。1807年ポートランド内閣の外相に就任したが,1809年閣僚カースルレーと衝突して辞職し,彼と決闘して負傷した。1816年リヴァプール内閣のインド監督局総裁になった。ナポレオン戦争終結後の転換期であった1822年にリヴァプール内閣の外相に就任し,自由主義的外交政策を推進した。すなわち,イギリス商品の市場開拓のため諸民族の自由主義的・国民主義的運動を支持して,中南米諸国の独立運動に不干渉を唱え,1823年のモンロー主義宣言を支持した。1827年首相になったが,在任数カ月で病死した。
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