●金沢文庫 かなざわぶんこ
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武蔵国六浦荘金沢の称名寺内に設けられた文庫で,称名寺の教学活動の隆盛に伴って設けられた「金沢学校」の盛名とともに一体化され,わが国中世教育機関の二大金字塔の一つである。金沢文庫の起源については北条実時説,同顕時説・金沢(北条)貞顕説ないし同貞将説があるが,実時の別荘設立の1234年(文暦1)ころに芽生え,顕時時代に称名寺とともに拡充され,貞顕時代の1210年(正安3)以後最大規模となったが,1333年(元弘3)の鎌倉幕府の倒壊,金沢(北条)氏の滅亡とともに衰滅した。文庫の蔵書・規模は,内典(仏書)・外典(儒書・国書)からなり,最盛時は2万余冊と推定されるが,内典が大部分であり,金沢北条氏の庇護のもとに発展した,称名寺の教学活動の活発化とともに拡充されたもので,金沢称名寺文庫としての寺院文庫の性格が著しい。〔参考文献〕関靖『金沢文庫の研究』1951,講談社
結城陸郎『金沢文庫と足利学校』1959,至文堂
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