●仮名垣魯文 かながきろぶん
アジア 日本 AD1829 江戸時代
1829〜94年(文政12〜明治27)。幕末から明治初期の作家。本名,野崎文蔵。別号純亭・野狐庵・猫々道人。江戸京橋鎗屋町(銀座)の魚屋に生まれ,大店に奉公するかたわら文芸に親しみ花笠文京に入門した。読売・引き札・きわ物の草双紙などを手がけていたが,1860年(万延1)滑稽本『滑稽富士詣(もうで)』が認められ,長い放浪生活を脱した。売文で苦労しただけに,時局性のある作風で人気を勝ち取った。明治になって開化風潮に踊らされる庶民をテーマとし,代表作『万国航海西洋道中膝栗毛』『牛店雑談安愚楽鍋』の続き物を発表した。機を見るに敏であり,1875年(明治8)に「仮名読新聞」4年後に「いろは新聞」を創刊,いわゆる小新聞の黄金期を築く。山々亭有人らとともに最後の江戸戯作者である。〔参考文献〕野崎左文『私の見た明治文壇』1927,春陽堂
興津要『転換期の文学』1960,早大出版部
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