●カナウジ
アジア インド AD
インド北部,ウッタル・プラデーシュ州のガンジス河支流にのぞむ古都。古名カーニャクブシャ(せむし娘)は,風神ヴァーユの淫らな求めを拒否して“せむし”にされたという,クシャナーバ王の100人の娘の伝説に由来し,7世紀に同地を訪れた玄奘も“曲女城”と漢訳している。カナウジはその転訛。町の起源は古く,その名は遠く『マハーバーラタ』にも,2世紀のギリシアの地理学者プトレマイオスの書にもみられる。7世紀初め,北インドを平定したハルシャ王がこの地に都を定めるにおよび,北インドの政治・経済・文化の中心地として急速に発展し,玄奘の『大唐西域記』にその隆盛の様子が伝えられている。ハルシャ王の死後,分立するヒンドゥー諸王朝が都を制せんものと相争ったが,8世紀からはプラティハーラ朝・ガーハダヴァーラ朝の都として栄えた。12世紀以降イスラーム勢力の北インド征服によって,デリーの支配下におかれ,しだいに衰退,16世紀にシェール=シャーによって決定的に破壊された。現在は,古代・中世の久しきにわたるヒンドウー王朝の都の繁栄の跡はみる影もなく,イスラーム教徒が住民の大半を占める地方の町であるにすぎない。