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●加藤弘之 かとうひろゆき

アジア 日本 AD1836 江戸時代

 1836〜1916(天保7〜大正5)幕末から明治の政治学者・思想家・教育家。但島国出石(いずし)藩の生まれ。17歳で江戸の佐久間象山に師事して洋式兵学を学ぶ。蕃書調所教授手伝として幕府直参の洋学者となった日本のドイツ学の先駆的存在。立憲政体論を取り入れ(『立憲政体略』),明六社には早くから加盟し,維新後も天賦人権説に立脚したラジカルな論を展開したが(『真政大意』『国体新論』),自由民権運動の勃興に直面して,立場を一転させ,社会有機体説をとって反民権を唱え,『人権新説』では,天賦人権説の破棄と前著書の絶版を断言した。以後,生物学的唯物論の立場から進化論的国家哲学を追求し,キリスト教排撃の急先蜂となった。1893年(明治26),日本・ドイツ両語で発表された『強者の権利の競争』は,海外でも反響を呼んだ。1877年東京帝国大学初代総理,ついで帝国大学総長,元老院・貴族院議員,枢密顧問官を歴任。帝国学士院院長,法文学博士,男爵。