●カーディー
AD
裁判官。イスラームの法理論によれば,民法,刑法に関するあらゆる問題に判決を下すべき者をさす。カーディーは,イスラーム法の法規のすみずみにまで通じており,同時に高邁な人格の持主でなければならないとされている。ほとんどの法学派の理論では,カーディーはムジュタヒドとして,聖なる法源から独自の判断にもとづいて判決を下す能力を有する者とされている。ただし後世になると,誰も独自の判断を下しうる者のみが有資格者であるとはみなさなくなった。カーディーは初期の権威ある学者の決定に拘束され,判決にあたっては,自分の所属する法学派の法解釈にもとづく判例に,厳密に固執するような傾向が強まっていく。ムスリム共同体にとっては,裁判の施行は,重要な宗教的義務の一つである。それゆえ為政者たる者は,地域ごとに,それに相応しい人物を裁判官として任命しなければならない。もしも正式に裁判官たる資格を有する者が1人しかいない場合,この人物は任命を引き受ける義務がある。よしんば当局が任命を怠った場合でも,彼は実質的にこの役割を果たさなけれはならない。イスラーム初期においては,カーディーとは実質的には地方の公庫の財政管理を行ったり,戦利品の分配に責任をもつような役人をさしていた。裁判そのものは,カリフや太守たちがじきじきにとり行っていた。しかしウマイヤ朝中期になると,カリフによって各地方に裁判官としてのカーディーが任命されるシステムが採用され始めている。このような体制化はアッバース朝においてさらに進められ,中央に司法問題の最高責任者であるカーディ=ル=クダード(大裁判官)がおかれ,その下に全国の裁判官が組織されるという体制がとられた。個々の裁判官の任命に関しては,カリフがこれを行う場合もあったが,のちに大裁判官自身が任命権をもつケースも生じ,この地位にある者,あるいは裁判官グループの意向は,歴史的にもしばしば隠然たる力をもつことが多かった。スンナ派が公認する法学派は四つあるが,裁判官たちはそれぞれいずれかの学派に所属していたため,各法学派でポスト争いをすることもあったが,この種の問題を回避するため,各派から1人ずつ,4人の大裁判官が任命されていた時代もある。裁判官は,法に規定された手続きに厳密に従って,公開で法廷裁判を行わなければならない。その際原告,被告をあらゆる点で同等に取り扱う。もしも被告が,原告が正しいと認めた場合,それ以上の証拠の必要はない。他方被告が告訴を認めない場合,裁判官は原告に,その主張を裏付けるような証拠を提出させる。証拠として最も重要視されるのは,証人の証言である。信頼に足りる証人の証言が,一般に証拠書類より重視されるという事実は,イスラーム法による裁判の一つの大きな特徴であろう。カーディーの地位は中央においても,地域社会においてもかなりなものであったが,西欧の植民地化が進行するに伴い,その地位は後退していく。その基本的な原因は,法制度自体の変化である。19世紀になると多くのイスラーム諸国は,その程度は地域によって異なるが,西欧の法体系を大幅に取り入れ始めた。いたる所で西欧の法とイスラーム法の2本立て化が進み,在来のイスラーム法にもとづくカーディーの地位は,それに伴って急速に低下していった。多くの国々で裁判のシステムは西欧化され,いわゆるカーディーが取り裁く分野は,婚姻,相続といった民事的なものに限られるようになっている。カーディ一は,裁判のほかにワクフ,モスクといった公的財の管理,法的後見者のいない孤児などの代理人の役割も果たしている。最近,これまでの西欧化の徴候に反して,イスラーム化の兆しが現れてきているが,今後カーディーの地位がどの程度再浮上してくるかは,イスラーム化の度合いを占う上で重要な指標となるであろう。