●片仮名 かたかな
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漢字の音をもとにして生まれた片仮名は,当然のこととして,その発端は真仮名(万葉仮名)そのもののなかにみられる。牟→ム,多→タのような事例が奈良時代にすでにみられ,平安時代の趨勢を示唆するものがあって,平仮名とともに日本の言語表現を自在なものとした一面を明示することになった。平仮名と共通の一面というのは,音節文字の特長を生かして,日本語の拍音式音節の一つ一つをほとんど無理なく文字として表記することであるが,片仮名独自のことをとくに取り上げてみなければならぬ。片仮名は,平安初期に,南都の古宗派(三論・法相・華厳など)の僧呂たちが経文の訓読のため心覚えに漢訳仏典の行間や字間に,または欄外に書き込むとき工夫して生まれた一種の符号であった。字画の簡略化がすでに行われていたのを応用しているうちに,国語音の音節一つ一つが表記法による文字化という高度の文化現象の素材となった。実用から始まった表記であったから,初めは普遍妥当などというのとは無縁であったのが,家伝秘伝によってみがかれるあいだに,より広い共通の場へむけて練られていった。漢文の盛行という,おもに男子のあいだでみられた文化事実があり,その勢いが所をかえて片仮名文化の主導権を握るようになっていった。訓読と制作と,この両面から,身近に多用されるにいたったのは,延喜・天暦のころであったろう。その時分にできている貴重な文献の一つに『東大寺諷誦文稿』というのがある。漢文式の反倒の多い文章のなかで付随的に用いられている片仮名であった。日本式の漢文に苦心の跡が認められるが,それはそのまま男子のあいだで行われていた公的記録を育成させている沿革の姿であったともいえるのである。訓点用から離れた片仮名文が現れるには,院政期以後を待たねばならなかったが,『宇津保物語』の国譲りの巻に片仮名で書いた和歌が出てくるところをみると,片仮名文化の芽生えは着々と早くからすすんでいた。片仮名の教育文化のなかの重要性は由来が古いといえよう。